国から見る

スーダン

904万人が国内で家を追われ、280万人が国外へ逃れました。3,370万人が人道支援を必要としています。 世界最大の避難危機であり、飢饉が実際に確認されている数少ない場所です。 それなのに、日本語で読める情報はほとんどありません。

関連する SDGs1貧困をなくそう2飢餓をゼロに13気候変動に具体的な対策を16平和と公正をすべての人に

スーダン

Republic of the Sudan

地域
北東アフリカ
首都
ハルツーム
人口
約4,680万人2024年推計

世界最大の避難危機が起きています。規模のわりに、日本語の情報が極端に少ないです。

904万人
国内避難民
2026年4月時点。うち63%がダルフール地方
3,370万人
人道支援を必要とする人
2026年。国連が把握する国別の数としては世界最多
2都市
飢饉(IPCフェーズ5)が確認された場所
2025年11月時点。エルファシェルとカドゥグリ
15万人
最初の1年の死者(推計)
推計に幅があり、実数はより多いとみられる

※このページの指標は、他国と異なります。 戦争のため貧困統計が取れず、他国で使っている「貧困線を下回る人の割合」を出せません。 代わりに避難民数と人道支援の必要人数を載せています。他国の数字と直接は比べられません。

このページの数字は、他の国のページより速く古くなります。 貧困統計は年単位で動きますが、戦争は月単位で動くからです。 だから各数字に「いつ時点か」を書いています。 最終確認は2026年9月23日。それ以降の変化は反映されていません。 最新の情報は、出典元でご確認ください。

誰と誰が、なぜ戦っているのか

2023年4月15日、スーダン国軍(SAF)と、準軍事組織の 即応支援部隊(RSF)のあいだで戦闘が始まりました。

この2つは、もともと敵同士ではありませんでした。 2019年に30年続いたバシール政権が倒れたあと、両者は手を組んで軍事評議会を握り、 2021年のクーデターでも協力しています。つまり権力を共に奪った側どうしが、 その配分をめぐって決裂したのが今回の戦争だと見られています。

争点は、RSFを国軍にどう統合するかでした。指揮権を誰が持ち、どのくらいの期間をかけるか。 民政移管の交渉が進むなかで、この一点が合意できず、首都ハルツームで戦闘が始まりました。

押さえておきたいのは、どちらも民主化を求めた市民の側の勢力ではないという点です。 市民が求めた民政移管は、2つの武装勢力の対立に押しつぶされました。

なぜ世界最大の危機なのか

数字が示すのは、戦闘の激しさより広がりの速さです。 開戦から1年ほどで推計15万人が死亡しました。 3年目に入った2026年4月時点で、国内避難民は904万人。その63%がダルフール地方に集中しています。 人道支援を必要とする人は3,370万人で、国連が把握する国別の数としては世界最多です。

そして飢饉です。IPC(統合的食料安全保障レベル分類)という国際的な基準で、 最も深刻な「フェーズ5=飢饉」が北ダルフール州エルファシェルと南コルドファン州カドゥグリで 確認されました(2025年11月時点)。さらに20以上の地域が、戦闘の激化や支援の遮断が続けば 飢饉に陥る恐れがあるとされています。

ここでの「飢饉」は、たとえではなく、定義のある分類です。 IPCフェーズ5は、世帯の20%以上が極度の食料不足に直面し、 急性栄養不良と死亡が一定の水準を超えた状態を指します。 報道で「飢餓」と訳されることがありますが、この分類が宣言される例は世界でも稀です。

気候のリスク — 戦争の原因だったのか

スーダンの気候の話は、戦争の話と切り離せません。ただし、ここは研究者のあいだでも評価が分かれています。 両方の見方を置きます。

国連環境計画(UNEP)は2007年の報告で、ダルフールでは土地の劣化・砂漠化と紛争のあいだに非常に強い関係があるとし、 雨の減少が遊牧民の社会に大きな負担をかけ、紛争の一因になったと述べました。 ダルフールでは1973年から2006年までに森林の3分の1が失われています。

これに対し、2008年の査読論文(Kevane & Gray)は雨量の記録を調べ、 2003年の戦闘が始まる前の数年に、雨が特に減っていたわけではないことを示しました。 気候だけでは紛争を説明できず、土地や水をめぐる政治の問題が大きい、という見方です。 UNEP の報告自身も、環境の要因は社会・政治・経済の問題と絡み合っていると書いています。

戦争の原因かどうかとは別に、戦争中の国は災害に弱くなりやすいと考えられます。 2024年8月には東部で豪雨によりアルバアト・ダムが決壊し、20の村が流されました。 戦闘で行政や支援が届きにくいなかで起きた災害です。

なぜ日本で知られていないのか

規模で言えばウクライナやガザを上回る局面がありながら、日本語の報道はとても少ないのが現状です。 理由として、次のようなことが考えられます。

  • 日本人の関係者が少ない。在留邦人も、進出企業も、留学生の往来も限られます。
  • 取材が入れない。ジャーナリストの安全が確保できず、映像も証言も出てきません。
  • 「よく分からない」まま時間が過ぎた。当事者が2つの武装勢力で、善悪の構図が描きにくいこともあるかもしれません。物語にしにくい戦争は、報じられにくい傾向があります。

報道が少ないからといって、重要でないわけではありません。 むしろ、注目が集まらない危機ほど資金が集まらず、支援が薄くなります。 このサイトがスーダンを載せる理由はそこにあります。

日本からできること

スーダンで活動している日本の団体があります。数は多くありませんが、長く続けています。

スーダンで活動する団体を見る →

関わり方はできることのページにまとめています。 紛争地では特に、物よりお金で支えること、現地へは団体を通して関わること、 報道が減ったあとも続けることが、助けになるかもしれません。